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2000年の歴史

2000年の歴史
こんなの見つけました。
2000年の歴史
http://www.ugoky.com/chizu/ugoky_chizu.swf
紀元0年から2000年の東アジアの変遷を地図で表したものです。

紀元0年から500年ころまでの吉備、児島は空白ですが、ここは想像して見ましょう。

さて、2000年前、われわれの先祖は何処にいたのか?その時代の「吉備の児島」は?
半島から日本列島に極めて多くの人々が渡来した。今いるわれわれの大部分の先祖はそのころやってきた。
この児島にも、そのころ多くの人々がやって来て住むようになった。
そのころの人々はどんな心で瀬戸内海を見たのだろうか?

鷲羽山にもきっと登って暮れ行く夕日も見たであろう。穏やかな瀬戸の海、美しい姿に心を癒されながら、荷を降ろし、ここに住み着こうと、開拓の歩みを出発したのではないか。

今は当たり前に暮らしているわが郷土、時には初めてこの地に来たであろう先祖の姿を思い浮かべてみるのも・・・
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児島半島史話

[児島半島史話]
児島の歴史をまとめた本はないかと探していたら、玉野市の図書館に「児島半島史話」と言う本があった。
児島白尾の出身の山崎多喜男さんが昭和50年に出した冊子である。以前岡山の図書館の郷土資料コーナーで見かけたのだが、そのご見ることがなかった。
山崎さんは三井造船に勤務の後、児島の歴史を研究、「常山城物語」も書いておられる。
白尾出身ということで、山崎家は血統もつながっているので親しみを感じる。
読んでみると、宇宙人のような話が出てきたり、ちょっと変わっていて、面白いところもあるが、変に学者の方の書いた本より親しみがあって読みやすい。
黎明期の児島の姿が見えるようである。児島と言えば、古事記、日本書紀にも出てくる「吉備の児島(子島)」
かねてより、瀬戸内海航路の中心地で、九州と畿内をむすぶ要衝の地だった。
「白猪屯倉」が設置されて大和王朝の重要な拠点となっていた。
宗教的には磐座信仰の地だった由加山に行基が来て開山し、坂上田村麻呂が来て、鬼を退治したとか、熊野の修験者たちが来て熊野社が開かれたり、と歴史の経緯がよくわかる。
地名の由来なども調べて載せてるので、児島半島研究には最適の一冊となっている。
まだ全部読み終わっていないが、今日に至るまでの歴史を参考に読ませてもらうつもりである。
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Author:kibinokojima
吉備の児島へようこそ!
古代から歴史に輝く吉備の児島
きらめき輝く瀬戸の海のごとく
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