スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

高橋大輔倉敷凱旋パレード写真展

[野の花]で高橋大輔君の写真展をしているから来てくださいと誘われていたので行ってきました。
写真を撮ったのは藤田祐子さん この方は、「ちびっこおへんろさん」ということで、お孫さんの四国88か所巡りの様子をビデオや写真に撮って、それが紹介されてとても有名な方です。今回、スケートの高橋大輔君の凱旋パレードの写真を撮って、児島下の町のギャラリー喫茶[野の花]で展示会が行われています。貴重な写真がたくさんあって、とても感動的でした。今日もいろんな方が来ていましたが、みんな一様に感動して帰って行っていました。
高橋大輔君写真展野の花店内
実は今日までの予定だったそうですが、26日の山陽新聞紹介されてから、たくさんの人がくるようになったので、6月5日まで延長して開くことになったそうです。
[野の花]は児島下の町の、琴浦中学校の近く琴浦中学校に登る西側一つ下の町よりの道を入ったところにあります。関心のある方はぜひ行ってみてください。お店もとても素敵で野の花いっぱいのお店です。
高橋大輔君写真展藤田祐子さんと
私も藤田さんと一緒に高橋選手の写真と詩っ所に記念写真を撮らせてました。お孫さん、佳宏君と四国88か所巡りをした写真も見せてもらいましたが、本当に素晴らしい笑顔で写っているお孫さんの遍路姿をみて心が温かくなりました。

藤田さんのホームページ
http://www2.kct.ne.jp/~fujita83/index.html
ブログ
http://www2.kct.ne.jp/~fujita83/diarypro/diary.cgi
です
ぜひのぞいてみてあげてください。
スポンサーサイト

匠プリン

興除に「う越新」という店がある。
実は、ここのおかみさんが小学校の時の同級生で、同窓会を開いたこともある。
先日同窓会があったので、その案内がてら、店に寄らせてもらった。
それで、お土産にいただいたのがこれ!
「匠プリン」
う越新匠プリン


「う越新」(うおしんと読む)はもともと魚屋さんで、仕出しをしていいたらしい。今は宴会場を構えて、この辺りでは有名な料理屋になっている。息子さんがしっかり料理を習って来て、後を継いでいる。
平日昼は限定でランチを提供しているのでお勧め!
さて、和食の匠が作ったプリンがこの「匠プリン」
抹茶味とか、ごま味とかあってどれも美味しい。家に帰って娘たちに食べさせたが、とても「グッド」
本当に舌触りが滑らかで甘さも適当、良い味にできている。和食にプリン?と思ったが結構いける。
「う越新」の場所は、児島線をよく通る人はわかると思うが、興除、中畦の東久ストアのところから30号線に向かって行ったら、すぐ左側にある。ちょうど昼時など、ちょっと寄ってみるといいかも。

和気と吉備寺に行ってきました

和気神社に行ってきました。藤が満開で「藤まつり」まっ最中でした。
下は和気清麻呂の銅像

和気神社藤まつり

和気清麻呂像


http://kibinokojima.blogspot.com/2010/05/100.html
こちらは吉備寺です。備中出身の偉人吉備真備ゆかりの寺、旧真備町にあります。

吉備寺

こちらは吉備真備の像 矢掛町にある吉備真備公園にあります
http://kibinokojima.blogspot.com/2010/05/blog-post_13.html
吉備真備像

児島のルーツ

児島のルーツは?
いつ頃、児島には人が住み始めたのか?
児島の文化の源流は?
鷲羽山のあたりに古墳や、貝塚が見つかったという記録があるようだが

由加山の磐座信仰が、児島の文化の源流か?
最初は、農耕文化を持ってきたのか?先住者は狩猟民族だったのか?
古来、日本人は、自然との調和を持って生きていたのが、宗教になったともいわれる。とりわけ、農耕生活と信仰、神は切り離すことのできないものだった。
この辺りを解明していきたい。

日本人の源流はシュメール人?

シュメール人とは、メソポタミア文明を作った人々である。
「聖書は日本神話の続きだった!」という佐野雄二氏の本
ちょっと衝撃的なタイトルだが、まんざら空理空論ではない
日本の仮名文字はシュメール文字、これはくさび文字として有名だが、とてもよく似ている
それに、「古事記」がシュメール語で読めるという。
天皇の和語は「スメラミコト」 「スメラ」というのは「神」をあらわす「シュメール」から来ているという。
日本神話「いざなぎ」[いざなみ」の国作りの神話は、シュメールの神話ときわめてよく似ているそうである。
そのシュメールから出たのがヘブル(ヘブライ=のちのイスラエル民族)なので、このヘブライの神話が旧約聖書なので、日本神話の続きが「聖書」ということになるという主張である。
要は、日本の古代人、縄文人はシュメールから来た人々だったということである。
シュメール人は航海も得意だったというので、はるかインド洋を越えて、日本列島に天孫降臨しいたとしてもおかしくはない。シュメール人は黒髪、多髭で、蒙古藩があったとされ、日本人と同族であった可能性が高い。
この辺りが解明されれば、日本人のルーツ、日本文化の源流がはっきりしてくる。そして日本人のアイデンティティーも明確になってくるように思う。
この辺り、今後解明していこうと思う。

ワラビ採り

ワラビ採りに行ってきました
場所は児島のあるところ 毎年行っています
妻の妻の知り合いの夫婦と一緒にいって結構採れました。

わらびんじぶ

季節のもので、ワラビを取らないと春が来た気がしません。

讃岐うどん

連休最後の日
妻が、かねてから千円高速で行ける間に讃岐うどんでも食べに行きたい。と言っていたので、知人のうどん通に、あちこち名店を教えてもらって出発しました。
最初に訪れたのが坂出の「長楽」ちょっと引っ込んだところで、目立たないが、素朴な店、それでも県外ナンバーの車がちらほら、おかみさんが朝3時半から起きて仕込みをしていると聞いて、ちょっと大変だなあと、ご主人が写真が好きということで、ご主人のとった写真が展示してあった。長野の写真もあったので、「うちの家内も長野で・・」とはなしながらうどんをすする。
少し早いので丸亀城に行く。ところがここでアクシデント、妻が「お父さんおなかの調子が悪い」と、気分も悪いから悪いけど、一人で行って来て」と、丸亀城に登って帰るが、まだ調子が回復しない。
次の目的で「香の香 長田」に、ここもまだ回復しなくて、一人でしょんぼり「かま揚げ」を
善通寺に行くのも目的だったのが、妻はずっと車の中、
像頭山の裏側を回っているうちに少し気分が解消したので、満濃池に
ここから以前行ったことのあるしょうゆうどんの元祖「小縣家」に
最後の目的「なかむら」に寄ったが、すでに閉店後、
結局、うどんは十分多能しないままで終わった讃岐路でした。
千円高速も5月いっぱいか?
あれほど行ってみようと言っていた妻だが、「結局普通のうどんじゃない、近くのうどん屋さんと変わらないわね」
と言われ、あっけなく。
讃岐うどん信奉者には申し訳ない。
ただ、久しぶりに妻と二人のドライブ、どうも調子が悪くて、二人の時間は過ごせたけど・・・

にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 倉敷情報へ
にほんブログ村
プロフィール

kibinokojima

Author:kibinokojima
吉備の児島へようこそ!
古代から歴史に輝く吉備の児島
きらめき輝く瀬戸の海のごとく
新時代に輝く
吉備の児島を目指すブログです

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ランキング
こちらをクリックお願いします
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。