スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

早島とコロポーニョのコンサート

コロポーニョのコンサートが早島で開かれた。何で児島でなくて早島?と一瞬思ったが、終わってみてその意味がよく分かってきた。もちろん音楽ホールとして早島町のゆるびの舎が音響や設備の面からもよくて岡山や倉敷の合唱団もよく利用するホールであることや、今回賛助出演のコールゆうぶんげんも岡山を拠点の合唱団でちょうどいい場所と言うのもあると思うが、私はそれ以上に歴史と文化を研究するものとして、早島が山陽道と金比羅街道の分岐点にあると言うことに着目したい。
以前別の合唱団のコンサートがあって終了後近辺を同好の志と見て回ったことがあったが、ここ早島は、かって児島湾干拓のはしりとなる宇喜田堤の建設ととともに、山陽道と出雲街道、そして金比羅街道の分岐点にある。
江戸時代は金比羅詣でした人たちは、児島の田の口に上陸し、由加大権現に参拝し、林の熊野神社に詣でてのち、早島に出て後山陽道を瀬尾、大福、岡山から姫路方面に行く人、山陽道を下り倉敷、玉島へと向かう人、北方面、総社や備中松山方面へ行く人々でにぎわった。今も案内石碑に名残が残る。
スポンサーサイト

山崎多喜男さんの児島半島史話

以前にも書いたが、白尾出身の山崎多喜男さんが昭和50年に書いて出版した「児島半島史話」
改めて読み直してみると実に面白い!
歴史の本と言いながら、最初に出てくるのがUFOや霊界の話。スウェーデンボルグや霊界写真の話など、現実を超越したような話から始まる。日本の古代史も、古事記はお伽話と言いながら、古文書に基づくような古代歴史を展開する。
実に痛快と言うか、常人には考えられないような論を展開している。
このような本を書いて出版するような人が児島にいたことが驚きである。
当ブログの筆者も白尾の出身で、しかも山崎さんとは縁つながりのある家系の出身。
いやはや驚きである。
三井造船退職後歴史の研究に没頭され、常山城の歴史なども研究され本を出版されている。山崎さんはすでに他界されていて息子さんが家業を引き継いでおられる、先日お会いしたが、とても温厚な方で父親の多喜男さんの人柄がしのばれる。お会いしたのはお兄さんのほうで弟さんが歴史にはさらに詳しいとのこと。
それにしても、その後の児島の歴史はさらに詳しくまとめられている。児島半島全体の歴史は、山崎さんもこの本の中で述べておられるが、かって「児島郡誌」が大正期にまとめられているが、今となっては余りにも古い書物になってしまっている。今では山崎さんの書いた「児島半島史話」もかなり古い本位なってしまっている。筆者も玉野の市立図書館で見つけてようやく借りることができた貴重な本である。
その後誰か「吉備の児島」全体の歴史や文化についてまとめた本を書く人があらわれないものか!
プロフィール

kibinokojima

Author:kibinokojima
吉備の児島へようこそ!
古代から歴史に輝く吉備の児島
きらめき輝く瀬戸の海のごとく
新時代に輝く
吉備の児島を目指すブログです

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ランキング
こちらをクリックお願いします
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。