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平家と宇佐八幡

源氏と平家
武家社会が成立する時代に・・先駆けてその勢力を拡大したのが「平家」そののち平家と戦い、滅ぼしたのち日本に武家社会をもたらした源氏・・

児島には八幡社が多く、源氏とのつながりを示唆されるが、藤戸の瀬を挟んでなぜ平家は児島に陣を構えたのか?平家と児島のかかわりの歴史は?と考える。

先日、ある知人に郷里の歴史を聞いたら、村に「八幡様」があると言う。「それだったら源氏ですか?」と聞いたら、「うちは平家の落武者かもしれない」といわれる。少し不思議に思って宇佐八幡と平家のかかわりを探ってみると、平家と宇佐八幡の重要な関係があったことが分かってきた。
以下続きを見てほしい。

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久しぶりに鷲羽山に

久しぶりに鷲羽山に行ってきました
吉備楽土にも投稿しましたが

DSCF4173瀬戸大橋鷲羽山山頂より_convert_20110918171505

あいにくの曇天、少し蒸し暑い天気でしたが・・
ちらりほらり観光客がありましたが、さすが山頂までは誰も来ていません。
途中のビジターセンター、まだ開いていませんでしたが、掃除をしているご婦人がいて「おはようございます」と挨拶

先回来た時も、地域の方がボランティアでビジターセンターのお世話をしておられました。
新幹線開通や瀬戸大橋開通のころのブームはすっかり去って、観光客はずいぶん減ってしまいましたが、ここの魅力はなんと言っても最高の風景!そして手作りのあたたかさが加わった観光地になるのが一番いいのでは・・・
本当に来てよかったと思われる観光地に整備することが大切・・・
それにしても、下の駐車場から展望台までが遠く感じさせられる・・・第一展望台下のロータリーに駐車スペースの工事をしていたが、ここはどう使うのか?身障者と老人用か?利用者の少ないときは一般もOKにしてほしいが・・

驕る平家は久しからず・・吉備楽土より

吉備楽土に次の記事書きました。

驕る平家は久しからず
『平家物語』の「驕れる人も久しからず」による表現で、栄えている者も、その力と地位を頼みに勝手なことをしているとすぐに滅んでしまうという意味だが、眼前の成功や勝利への戒めとして用いられることが多く、まさに「平家を滅ぼすは平家」。(コトバンク)
驕り高ぶる者の末路は・・・
いつの時代にも栄える者と、滅び廃れる者と・・・
一時の栄がいつまでも続くものではない。
盛者必衰( じょうじゃひっすい)
盛んなる者は必ず衰える。
即ち世の中が繁栄と衰退の繰り返しであることの意。
平家物語の冒頭にある「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」が有名。

いずれも「平家物語」で有名なことば

TVを見ると成功者がもてはやされているが、むなしく思うこともある。
一方で貧困と、行くあての無い人々、経済的な破綻者、あふれる失業者・・・
忘れられた人々があえいでいる。

成功者とそうでない人々が乖離している。
そのあたりが 恐ろしい


来年の大河ドラマは「平清盛」
世の理とはいえ、その後の平家の衰亡は涙ぐましい。
滅ぼされた平家にも何かの分があるのではとも思う

藤戸の合戦以降、児島は源氏、それも佐々木の一族が支配するようになる。(もともと熊野社の社領だったので、すべてが佐々木氏の支配になったわけではないが)
だから平家の話は今でもあまり聞かないが、平家の残滓がどこかに残っているのではとも思うのだが・・どなたかその当たり詳しい方はいませんか?
広島には厳島神社があるが・・・

児島と八幡宮と源氏

児島には八幡さまが多い。八幡宮を名乗って無くても、ご祭神に八幡様と同じ応神天皇や神功皇后を祀っているところが多い。以前ここで「児島の八幡社」シリーズを載せていたが、ストップしてますが・・・

鴻八幡の宮司さんにお聞きしたら「源氏が強かったからでは」とおっしゃっていた。
八幡様は武家の神様である。源氏の棟梁は「八幡大菩薩」を祀って闘った。~徳川も・・「江」にもそんな場面が出てきましたね。

ご存知の方も多いと思うが、八幡社は、「秦氏」の神様で、九州、今は大分の宇佐八幡が総鎮守。宇佐から勧請されたのが京都の岩清水八幡、更にそこから鎌倉に鶴岡八幡が勧請された。

最近読んだ本に「没落した秦氏が武士団になった」とあった。
源氏ー清和源氏は八幡宮と密接な関係がある。
このあたりに我々が、学校で学んだ歴史を超えて、本当の歴史があるのでは・・・

先にあげた蘇我氏の先祖は応神天皇の母、神功皇后に仕えた武内宿禰だそうである。
蘇我氏の一族であったのが聖徳太子とわれわれは学んできた。聖徳太子が仏教伝来に貢献し、その側近が、京都太秦の広隆寺を建てた「秦川勝」であるとも学んだ。
その聖徳太子の王子、山背大兄を蘇我氏が滅ぼしたとのストーリーでわれわれは学んできたが。少し違和感を覚える。
聖徳太子はいなかった、実は蘇我入鹿のことだった。という説もある。聖徳太子を祀ると言う法隆寺は、実は蘇我氏の怨念を恐れた藤原氏が怨霊封じのために建てたのだと言う話を今回、奈良の元興寺で聞いた。

今我々が常識のように学んできた歴史の背後に、不思議な事実があるのかもしれない。
応神天皇と八幡様と秦氏 そして蘇我氏と秦氏 そして百済系だったとも言われる藤原氏とのかかわり
この辺りに解く鍵があるのかも・・・

奈良元興寺界隈と秦氏

吉備楽土に奈良元興寺とその界隈 秦氏に関する記述しています。
吉備楽土クリック

以前熊山訪問記を載せましたが、熊山にあった「猿田彦神社」
奈良元興寺界隈を散策していて「猿田彦神社」見つけました。
猿田彦は秦氏と密接な関係のある神様

元興寺は藤原氏に滅ぼされた蘇我氏の氏寺・飛鳥寺を奈良に移築したものです。猿沢の池を挟んで一段高い丘の上にあるのが有名な興福寺 かっては広大な伽藍を誇りながら、時代を経るに従い無住となり、衰退の一途をたどり悪鬼の住む寺とまで言われるようになった元興寺。

今は世界遺産にも登録され復興してきた元興寺だが、ここには蘇我氏と秦氏の不思議な歴史の秘密が隠されているようにも見える。

蘇我氏と児島
蘇我氏が設置したと言われる屯倉(ミヤケ)児島には「児島屯倉」が蘇我氏によって設けられたと記録にある。児島と関係ない話ではない。

2000年の歴史

2000年の歴史
こんなの見つけました。
2000年の歴史
http://www.ugoky.com/chizu/ugoky_chizu.swf
紀元0年から2000年の東アジアの変遷を地図で表したものです。

紀元0年から500年ころまでの吉備、児島は空白ですが、ここは想像して見ましょう。

さて、2000年前、われわれの先祖は何処にいたのか?その時代の「吉備の児島」は?
半島から日本列島に極めて多くの人々が渡来した。今いるわれわれの大部分の先祖はそのころやってきた。
この児島にも、そのころ多くの人々がやって来て住むようになった。
そのころの人々はどんな心で瀬戸内海を見たのだろうか?

鷲羽山にもきっと登って暮れ行く夕日も見たであろう。穏やかな瀬戸の海、美しい姿に心を癒されながら、荷を降ろし、ここに住み着こうと、開拓の歩みを出発したのではないか。

今は当たり前に暮らしているわが郷土、時には初めてこの地に来たであろう先祖の姿を思い浮かべてみるのも・・・

ブログ更新を怠っていました

最近更新を怠っていました。
その間、訪問してくれた皆さんにお礼申し上げます。
「吉備の児島」で検索すると結構トップに出てくる当ブログ
皆様のおかげです!

あらためてブログを大切にして行こうとPCに向かっています。
筆者のもう一つのブログ「吉備楽土」にも書いたのですが、吉備の国岡山歴史講座を始めることになりました。

日本史における「吉備」の位置づけは一般に思われている以上に重要な役割を果たしています。その中でも「吉備の児島」は特別重要な役割を果たしてきた歴史があります。
日本の古代国家形成の揺籃は瀬戸内海が担ってきています。
もちろん、日本海沿いの「出雲」や、その他の日本海沿いの地域もその役割がありましたが、なんと言っても、瀬戸内海文化圏が、「日本」という国家形成にもっとも大きな役割を果たしてきています。
その瀬戸内海のもっとも中央に位置したのが「吉備の児島」です。
「吉備」と対岸の「讃岐」を含めた地域が、弥生後期から古墳時代にかけての日本列島における文化の中心地域であったことが証明されつつあります。

卑弥呼の邪馬台国論争も、「機内」か「九州」かと争っていますが、こんな争いは現代のこと、魏志倭人伝時代のこの列島の列島の中心地は「吉備」ではないのかと言うのです。

今は倉敷市のとして団地の近くにある「楯築遺跡」は有名ですが、ここは前方後円墳の原型だといわれています。
岡山大学教授として日本の考古学史に歴史的な業績を残した近藤義郎先生は、この楯築遺跡を発掘されて、日本固有の墳墓形態である前方後円墳が吉備から始まったことを示唆されています。
5世紀はじめに築造されたといわれる造山古墳は、当時としては列島最大の古墳であったといわれます。造山古墳は実在が確認される最古の天皇といわれる「応神天皇」の時代に一致します。それは応神天皇の時代に日本列島の最も中心になった地が「吉備」であったということではないでしょうか。
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kibinokojima

Author:kibinokojima
吉備の児島へようこそ!
古代から歴史に輝く吉備の児島
きらめき輝く瀬戸の海のごとく
新時代に輝く
吉備の児島を目指すブログです

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