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神社は情操の根源 寺院は心の道場

児島の社寺を訪問しようと、このコーナーを設けたが、一つ思うこと
神社は情操の根源であり、寺院は心の道場であると

世相はかなり乱れているが、要は人の心が乱れているということ
人間の情操が養われ、心が啓発されればすべてが解決する。
古来日本人は、この列島に住んだ時から、自然を大切にし、神を大切にして、祭壇を築き祭祀を重んじてきた。
全国通津裏裏、集落のあるところには、必ず社があり、良きにつけあしきにつけ神社に参拝し、手を合わせ平安と幸福を祈願してきた。
寺院も同様の役割を果たしてきたが、多少その役割が違っていた。寺院は思うに心の道場であった。
仏教には仏像があり、あるいは曼荼羅があり、そこには宇宙観、人間観があった。そこでは仏の慈悲が説かれ、奉仕の実践がなされて行った。寺院は先祖の祭祀も担当した。先祖を崇めるのは、日本人は特にその心が篤い民族だが、その先祖の祭祀は主に寺院が担当してきた。
様々な新宗教やキリスト教も同様の役割を果たしてきた。
日本人は良く「無宗教」などと言うが、実は結構宗教心に篤い民族である。
その日本人の生活の中にある、宗教性が日本人の心を育て、世界有数の国家を形成してきた。

問題は、その情操を育て、心を育ててきた、神社や仏閣、宗教がないがしろにされ、すたれて来ていることである。
唯物的風潮が世の中を支配し、宗教とは、一種いかがわしさをもったもののように思われ敬遠される風潮が蔓延している。これは問題である!
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