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驕る平家は久しからず・・吉備楽土より

吉備楽土に次の記事書きました。

驕る平家は久しからず
『平家物語』の「驕れる人も久しからず」による表現で、栄えている者も、その力と地位を頼みに勝手なことをしているとすぐに滅んでしまうという意味だが、眼前の成功や勝利への戒めとして用いられることが多く、まさに「平家を滅ぼすは平家」。(コトバンク)
驕り高ぶる者の末路は・・・
いつの時代にも栄える者と、滅び廃れる者と・・・
一時の栄がいつまでも続くものではない。
盛者必衰( じょうじゃひっすい)
盛んなる者は必ず衰える。
即ち世の中が繁栄と衰退の繰り返しであることの意。
平家物語の冒頭にある「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」が有名。

いずれも「平家物語」で有名なことば

TVを見ると成功者がもてはやされているが、むなしく思うこともある。
一方で貧困と、行くあての無い人々、経済的な破綻者、あふれる失業者・・・
忘れられた人々があえいでいる。

成功者とそうでない人々が乖離している。
そのあたりが 恐ろしい


来年の大河ドラマは「平清盛」
世の理とはいえ、その後の平家の衰亡は涙ぐましい。
滅ぼされた平家にも何かの分があるのではとも思う

藤戸の合戦以降、児島は源氏、それも佐々木の一族が支配するようになる。(もともと熊野社の社領だったので、すべてが佐々木氏の支配になったわけではないが)
だから平家の話は今でもあまり聞かないが、平家の残滓がどこかに残っているのではとも思うのだが・・どなたかその当たり詳しい方はいませんか?
広島には厳島神社があるが・・・
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藤戸の合戦

児島は源平の合戦があったころには島で、藤戸の合戦の古戦場は、源氏の本陣は今の羽島の法輪寺、平家の本陣は粒江の小高い山の上にありました。私は両方に行ってみましたが、平家の本陣跡に立つと、今の倉敷市役所あたりを始めとても見晴らしの良い所でした。乗り出し岩は今は民家の陰になってしまいましたが、私は自転車でそれぞれの旧跡を回ってみたことがあります。
 こんなに身近に源平の古戦場があるのはとても興味深いことだと思います。

No title

コメントありがとうございます。
昔の、源平の合戦をしのびながら、眺める景色も格別ですね。
歴史の狭間を生き抜いてきた先祖のおかげで今の我々があるのかも・・・
そんな思いにもなったりします。
主催している史跡めぐりの会があるんだけど・・行って見たくなりました。
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