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誕生寺・波多神社・本山寺

19日(金)人物伝を語る会で「法然上人}の話をする予定で、今日は誕生寺に行ってきた。

幸いご住職がおられてお話を伺うことができた。
誕生寺の住職は代々う漆間姓を継いでおられるとのことで、今のご住職も法統を継いでおられる。

これまでたびたび誕生寺は訪問させているが、ご住職にお会いするのは初めて、多少緊張気味だったが、快く会っていただいた。

特に最近話題になっている「法然上人と秦氏」についてお聞きした。
秦氏の君といわれる母親はずいぶん、心優しい方だったようで、そして信仰深い方だった。
秦氏というのは本当に信仰に熱い渡来系氏族で、殖産にもたけていて、葉は秦氏の君の生家は「長者」であったそうである。
父を失った勢至丸(幼少時代の法然上人)は父の遺言に従い、母親の弟が住職をしていた菩提寺(現奈義町)で13歳まで修行するが、この秦氏の弟の住職もとても位の高い方だったということがその名前からわかるとのこと、[信仰に篤い+殖産事業の成功者]という秦氏の基本的イメージ通りだったのであろう。

ご住職に「波多神社」というのがあるよと聞いた。

秦氏の君は夫漆間時明との間に子供がなかなかできなかったので、当時栄えていた本山寺に夫とともに21日間参籠した(通ったという話も)

その本山寺を尋ねる途中に波多神社がある。縁起をみると斉明天皇御宇五年に勧請とある。658年である。波多は秦から来ているのであろう。下の写真は波多神社本殿延宝2年(1674年)の建造となっている。


本山寺を訪れると、ちょうどご住職の奥様がどなたかと話をしておられて、参拝の許可をもらおうと尋ねると、「歴史の話はこの方に聞いたほうが」と声をかけてくださった方が、檀家総代の方。もう86歳といわれるが、軽トラックに乗っておられてお元気な方で、いろいろと本山寺の縁起など話してくださった。

本山寺は大宝元年(701年)開基 天永元年(1110年)に、弓削師古(ゆげのもろふる)が現在地に移し百二十坊といわれるほど大いに栄えた、という。

漆間時国夫婦が参籠して産まれたのがのちの法然上人、勢至丸であった。これが長二年(1133年)である。

誕生寺のご住職の話では秦氏の君は「長者の娘」ということであるから、秦氏の家はずいぶん栄えていて、本山寺の造営にも深くかかわっていたのではないかと想像する。写真は本山寺本堂、1350年の建造で国指定の重要文化財に指定されている。法然上人誕生の時代からは少し下るが往時の繁栄を偲ばせる建物である。この本殿の奥は山王社が祀られている。

誕生寺については誕生寺HPを
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