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法然と秦氏

「法然と秦氏」
元中外日報記者の山田繁夫氏の書いた、「法然と秦氏」が注目です。
これまで法然上人の母親は「秦氏の君」と言われてきましたが、父方の漆間氏も「秦氏」であると山田氏は書いています。
しかも、法然上人の生涯の歩みを見てみると「秦氏」とのかかわりを示す歩みが随所にうかがわれるというのです。
出家して比叡山に登るまで那岐の菩提寺で修業したのも母親の弟もと
比叡山から南都(奈良)に遊学した経緯も秦氏との関連を見ることができる。
この時代、すでに秦氏が日本に渡来してから数百年を経過しながら、秦氏が日本の社会の中で独自のアイデンティティーを保ち続けていたこと、法然はまさにその秦氏の代表のような立場で活躍した大僧侶であったということである。
晩年激しい反対を受け法難に会うが、法然の教えは大衆に根付きまた、時の権力者からも歓迎されていく。
天皇家も代々浄土門に帰依する者多く、江戸時代を築いた徳川家は浄土門であった。

写真は誕生寺境内の椋の樹 二流れの幡が流れて来てかかり、法然上人が誕生したという。今の木は3代目とのこと。


岡山に「岡山人物銘々伝を語る会」というのがある。
毎月第3金曜日の午後6時から8時まで主に県立図書館で「人物伝」の研究発表をしている。
2月は19日(金)午後6時から県立図書館で 「法然上人を語る」のテーマで発表の予定
関心のある方はぜひ行ってみてください。会費は500円
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