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中江藤樹が熊沢蕃山に教えた”心法”と士(さむらい)道

藤樹が蕃山に教えた”心法”と
熊沢蕃山の士道

これはまさに禅の世界

幕末維新に多大な影響を与えた長州の吉田松陰、薩摩の西郷隆盛、そして幕末の経世学者山田方谷が学び教えた「陽明学」 陽明学の祖と言えば近江聖人と言われた中江藤樹
その藤樹の教えを(学問としてでなく精神として)もっとも忠実に受け継いだと言われるのが、備前岡山藩池田光政に仕えた熊沢蕃山、
熊沢蕃山はこの”心法”の故に、徳川の御用学者、朱子学者たちから嫌われ岡山藩の要職から追われ最後は武蔵の古河に幽閉されて終わる。しかし蕃山が残した文書はその後、水戸の藤田東湖や、山田方谷や佐久間象山の師、佐藤一斉などに多大な影響を与える。山田方谷は、蕃山に心酔していたと言う。


心法とは
藤樹の門を辞した後の蕃山に対する藤樹の教えは“心法”のみであって、孝経・四書などの経典についての解釈は、一言もなされていない。従って、番山は心法に専念して、自己のうちなる自己中心的、利己主義的な“わたくし心”、これによって起こる喜怒の感情、好悪による行動選択、先入見による是非の判断等の一切を払拭し、是を超越した新境になるように、自己の心的状態を内省し、その間に現われ出る心の”実体“(”本体“)を把握し、これに従って自己の行動を律し、聖典の意味を探らんとしている。

藤樹が教え、また蕃山が教えた(さむらい)

儒道すなわち(さむらい)
番山は、「士は何をもってか天職とせん」という問いに答えて「人を愛するなり、民は五穀を作りて人を養う。婦女は絹を(おり)て人に着せしむ。士はすることなし。人を愛せずば(すく)うところなし。」といった。

文武二道
番山は、武士の天職を“人を愛するなり”とし、その具体的実践を文武にわたって述べて、“これを文武二道の士という。人を愛するのことなり。”と結んでいた。
良き武士というは、あくまで勇ありて武道武芸の心がけ深く、何事ありても躓くこと無きように嗜み、さて主君を大切に思いたてまつり、自分の妻子より始めて天下の老若を不憫におもう仁愛の心より、世の中の無事を好み、その上に不慮ことできる時は、身を忘れ家を忘れて大なるはたらきをなし、軍功を立てる人あらば、一文不通の無学というとも、文武二道の士なるべし。

新渡戸稲造が海外に紹介した“武士道”
このあたりにルーツがあるようです。




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